◎引きこもり治療 2007/12/20
NHKに「ニッポンの教養」※という番組があります。そこに、ひきこもりを1000人以上見ている医者で、引きこもり対策の第一人者という方が出演されていました。彼の話によると、「普通の人でも、自分を持っている人は、外交が下手で、自分を持っていない人は、外交がうまい。外交が下手で、全くしたくないと考えるのが、引きこもりである。」 この話の、人の性格と外交性に関しての新しい観点に驚き、最後まで見てしまいました。
彼の話です。引きこもりは、家で本を読んだり、パソコンをしていると思われているが、全体の8割は、本もパソコンも、何もしていない。なぜなら本やフィクションが読めるのは、自分に余裕があるからで、自分の現実がなければフィクションも読めない。引きこもりは、自分を持っている、プライドがある。だから親の金でパソコンもしたくないし、何かをしてもうまくできない事に傷つきたくない。だから何もしない、そういう理屈だそうです。
彼等は、人格を形成して行く上で、誰もが通る途中に居るだけで、「何も出来ないまま、それもアリなんだ。」「何も出来ないところから始まれば良いんだ。」と言うことを認められないままでいる。それを認めることが、引きこもりが終わることである。自分を大事にしたいと言う自己愛が、原始的な人格で、身の回りの人を好きになって、回りの人の持つ機能も、自分化する。自己愛の成長が、人格の成熟に繋がる。引きこもりに成ると、他との接触がない為に、成熟するきっかけがなくなっている。カルトや宗教は型にはめて本人を楽にすることだが、医学がやることは本人をただ開放すること、解決できる方向へ向けること。私は「愛でなく親切」と言っている、愛は「諸刃の剣」過ぎて、治療には使えない。 ※NHK 爆笑問題司会「ニッポンの教養」10月30日火曜日11時放送より
この医者の話を聞き、更に話を発展して考えると、人間や人格は人と人の間にあるもの、いじめは人格を否定する結果になること。人は始めは自分の意見を通そうとするが、大人に成るにつれ、人の意見を聞いて、それを利用するようになること。色んな疑問が一気に繋がって解決できた気がしました。
◎徳川家康と小豆餅 2007/12/3
お客様の情報を整理する際、様々な住所を目にしますが、浜松については「小豆餅」という地名が楽しそうな名前で、気になっていました。
有る日、ローカル番組で、徳川家康が逃げている途中で小豆餅を食べた処であり、尚且つ、その際にお金を払わなかったので、店員が追いかけ、追いついた処は「銭取(ぜにとり)」という地名になったという話を聞いて、さらに驚きました。その「名前のいわれ」も楽しそうだった訳です。
そこで、詳しいことが知りたく、ネットで見てみました。三方原の戦いで徳川軍が敗れ、浜松城に向って逃げたとき、途中の店で、小豆餅を食い逃げし、小豆餅屋のお婆さんは、追いかけて集金した。これがこの話の全貌なようです。
しかしこの話ちょっとおかしくないですか?徳川家康は、風林火山の武田信玄の軍勢に追われ、命がけで逃げているのに、餅を食い逃げして、挙句には店のお婆さんに追いつかれて、集金までされた。どんだけ丈夫なお婆さんか。 ふざけた伝説で、楽し過ぎます。
この言い伝えは、今も小豆餅は正式な町名、銭取はバス停の名前で残っているそうです。また、これにあやかった、おみやげの小豆餅、更にはなんと「銭取饅頭」まであるそうなので、是非どうぞ。
さて、今年平成19年10月に、静岡市両替町に「銀座発祥の地」という石碑が建てられました。江戸の銀座は徳川家康が静岡の町作りの中で発祥し、江戸に移されたことを記念する石碑です。静岡県全体が、徳川ゆかりの地なんですね。
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社内報のページ ★ 2007年12月号
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