考えてみたら今年、私は57才になりました。同期の多くは定年間近と言う事です。

 私は、戦後生まれで戦争を知らずに育ってきました。私が子供の頃に安保闘争があり、安保反対とわけも解らず叫んで遊んでいた記憶があります。それから学生時代は、大学紛争が丁度衰退期にありました。そして、去年政権交代がありました。時代の節目を象徴した出来事だと感じます。

 なぜ、このような事を言うのかと申しますと我々の世代は、自分達の考え方を改めなければいけないと思うようになってきたからです。我々が変わらなければ、この国は変わらない。

 これまでは、我々は、体制を批判し、反対すればよかった。しかし、これからは、そう言うわけにはいかない。批判や反対をするばかりではなく、次の世代にこの国を引き渡していかなければならない責任があるからです。我々は、責任ある立場に立たされているという事です。今、この国に起きていることは、我々のしてきたことの結果だと言う事を自覚すべきなのだと言うことです。

 最近も荒れる成人式のことが問題になっていましたが、そう言った若者達に誰がしてしまったのか。若者達だけを責めても何の解決にもなりません。親の世代を責めるわけにも行かない。戦前の教育の問題ではありません。戦後の教育の問題であり、自分達の子供の問題なのです。

 もう何でもかんでも上に向かって反対というわけにはいかないのです。私達が、この国の将来をどうしたいのかを責任を持ってハッキリとさせていかなければならないのです。

 戦後生まれの我々は恵まれているのです。しかし、この環境をつくってきたのは、我々の親父達です。この事は、ハッキリと自覚しておかなければなりません。そして、この恵まれた環境を子供達に引き渡していくのが我々の責務なのです。

 我々を豊かにするために犠牲になってきた人達を馬鹿にするのは辞めましょう。だから、国を愛すると言うだけで、右翼だと決め付けるのも辞めましょう。国を愛するというのは理屈ではありません。情です。親が子を慈しむような、子が親を敬うような、妻が夫を労(いたわ)るような、夫が妻を慈しみような自然な感情です。それがあって初めて国の改革や革命が主張できるのです。
 日本なんてどうなってもいいという人間が、日本をよくしたいなんて空々しい。愛国心を否定すると言う事は、郷土愛も、家族愛も、夫婦愛も、親子愛、愛社精神も、友愛も、人類愛も、皆、否定すると言う事なんです。だから、家族がばらばらになり、離婚が増え、故郷が荒廃し、会社が潰れ、学校が荒れるのです。皆、元は一つです。

 愛だ、恋だと言いながら、実際は、ただ自分の欲望の儘に行動しているだけなのです。誰も、家族のこと、故郷のこと、夫婦のことを思わなくなった。その結果です。自分は、静岡生まれではありません。でももう静岡に人生の半分以上います。子供も静岡で生まれました。私は、静岡を愛しています。だから、静岡についてああだこうだ言う権利があるのだと思います。静岡生まれでも、静岡なんてきらいだ。どうなってもいいという人間が静岡のためと叫んでも白々しいだけで、大体、フランスで愛国心というのは、社会主義者、つまり、左翼です。愛国心というとすぐに右翼と結び付けるのはあまりに短絡的すぎます。誰も守ろうとしない国や会社、家族は、守りようがないと言う事です。親父達は、それこそ死にものぐるいで守ろうとしてきた。だから、国も、会社も、家族も、今まで保てきたのです。この国のために戦ったのは、政治家や権力者だけではありません。

 一般兵士達の気持ちを置き忘れている。まるで一般兵士達は何の意志もなく、ただ、上から言われたことに従って犬死にしていったように言う。それは間違いです。それこそ名もなき兵士達にも心はある。彼等は何のために、誰のために戦ったのか。それこそ愛する者達のためです。国を愛するとすら言えない。それでどうして国を良くすることができましょう。これからは、国を良くするのも悪くするのも我々の責任なのです。
 口幅ったい事を言うようですが、私は、この会社は、良い会社だと思います。それは、社員を信じ切れるからです。一人一人の社員が会社を真剣に護ろうとしたら、会社は、簡単に潰せるものではありません。誰も護ろうとしない、家族も、会社も、国も護りきれるものではありません。どんな思想、どんな考えを持っているにしても私達の生命、財産を護るために多くの自衛隊員が国や家族から離れ過酷な環境の中、危険の任務に就いているという事実を否定することはできないという事です。この事実を否定できない以上自衛官の名誉と安全を護るのは国民の義務です。

 私は、最近、正月が寂しくなってきました。今の日本では、キリスト教徒でもないのにクリスマスが賑やかで、日本人なのに、正月の行事はどんどんと廃れています。子供の頃、正月は、待ち遠しかったです。親戚が皆集まってきて自分達のルーツを確認していました。今は、ただの休日に過ぎない。たこ揚げも、羽根突きもなく。門松も正月飾りもなくなった。正月の挨拶回りも廃れてしまいました。
日本の文化が失われつつあるのです。日本の文化を次の世代に伝えていくのは我々の使命です。今、我々は困難な状況に立ち向かおうとしています。国も業界も多事多難です。何が待ち受けているか解りません。だからこそ、今、我々は、日本人としての心、日本人としての誇りを取り戻すべき時なのです。子供達の為に、この国の未来のために・・・・

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新春の会 社長挨拶       ★ 2010年1月22日
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